お勧め本『「大病院信仰」どこまで続けますか』

2014-07-23

『「大病院信仰」どこまで続けますか』(長尾和宏/主婦の友社)

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以前ご紹介した『「医療否定本」に殺されないための48の真実』の長尾和宏先生が最近出された本です。

長尾先生が一貫して「町医者」としての立ち場から発信しておられる現代医療への提言は、これからの日本社会において大変意義深いものだと、私は常々感じています。

本書はけっして「大病院通いをやめなさい」と言うために書かれたものではありません。そうではなく、大病院と地域のかかりつけ医を上手に使い分けましょう、というメッセージが随所に出てきます。

とかく日本人は大きな病院で診てもらっているから大丈夫と思いがちですが、そこには落とし穴があるようです。あまりに専門分化されたために総合的な診方ができなくなっていること、そうならざるを得ない制度的な問題、「専門」という言葉に対する誤解や患者側の意識の問題など、池上彰さんではありませんが「そうだったのか!」と教えられる指摘がたくさんあります。

そして、これは長尾先生の著書に共通して言われていることですが、「町医者」「かかりつけ医」の役割がもっと見直されるべきことが強調されています。第3章「専門医、町医者の違いと、長生きするための賢い使い分け」の中で、車の整備に例えてこう書いておられます。

<大病院にいる専門医というのは、言ってみれば“臓器の修理屋さん”のようなもの。
車で言ったら、エンジンのプラグの修理が抜群にうまいとか、タイヤのパンク修理がうまいとか、パーツの扱いに長けている人です。だから、プラグがおかしいと思ったら、プラグの修理屋さんにお願いし、タイヤがパンクしたらパンク修理屋さんにお願いする。
必要なときに適切な人に頼るというのが、賢い専門医の使い方です。
ところが、車にはいろいろなパーツがあります。エンジン、タイヤ、シート、ブレーキ、メーター、ボディなどなど。それなのに、エンジンのプラグの専門家だけにずっとかかっていたら?気づいたときには他のパーツが故障していて、車が止まってしまったということになりかねません。
ですから、パーツが壊れたときにはそのパーツの専門家に修理してもらう必要がありますが、それ以外に、車全体の調子を総合的にみてくれる存在が必要です。

(中略)パーツの専門家にかかるだけではなく、全体を診ることのできる医者にかかっているべきだったのです。
「偉い先生に診てもらっていたのに、どうしてこんなことになったんだろう」と嘆く患者さん、家族を実にたくさん見てきました。それは、医者が悪いというよりは、間違った医者のかかり方が引き起こした当然の出来事なのです。>(95~96頁)

当院に通っておられる80代の男性は、毎週決まって「町医者」の内科医に診てもらっています。私もたまにその老先生のお世話になるのですが、視診・触診をしっかりされるし、薬はあまり出されません。しかし、何か数値の異常等が見つかったらそれこそすぐに大病院に紹介状を書かれます。

こういう信頼できる「町医者」「かかりつけ医」をきちんと見つけて、お世話になっておくことが、これからの世の中でとても重要だということでしょう。

本書には、「良い“かかりつけ医”を選ぶチェック・ポイント」や、がん・認知症・不眠症などといった「病気別の“かかりつけ医”の選び方」も詳しく書かれていて参考になります。特に良いかかりつけ医を選ぶポイントは、われわれのような民間療法において良い施術者を選ぶポイントとしても同じことが言えそうなものばかりです。

ご高齢の方はもちろん、親の介護などに当たっておられる方にも、お勧めしたい一冊です。

カテゴリー: 書評

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