この本との出会いに感謝『一汁一菜でよいという提案』(土井善晴)

2017-05-19

「面白かったな」「勉強になったな」という本はたくさんありますが、「出会えて良かったな」と思える本はそうはありません。

『一汁一菜でよいという提案』(土井善晴/グラフィック社)は、間違いなく出会えて良かったと思える一冊です。

土井善晴さんは、料理研究家として著名ですね。
私もよく「NHKきょうの料理」で拝見していますし、レシピを参考にしたりしています。

本書は、レシピ本ではなく、土井先生の料理研究家としての思想、哲学が、文字どおり「提案」という押しつけがましくない形で提示されているものです。

<一汁一菜とは、ただの「和食献立のすすめ」ではありません。一汁一菜という「システム」であり、「思想」であり、「美学」であり、日本人としての「生き方」だと思います>(10頁)

「思想」「生き方」などといわれるとなんだか難しいような気がするかもしれませんが、私の解釈では、それは日本人が古来から脈々と受け継いできた、ごくごく庶民的で当たり前の暮らしそのものであり、背伸びをしない地に足をつけたあり方だ、ということなのでしょう。

一汁一菜は、土井先生によれば、<ご飯を中心とした汁と菜(おかず)。その原点を「ご飯、味噌汁、漬物」とする食事の型>(9頁)です。

メインディッシュがあって副菜があってという“型”は、戦後の高度成長時代にかけて<世界共通の科学として確立されつつあった栄養学が日本に入ってきたことから始まって>(135頁)きたものにすぎないと指摘されています。

それまでの日本人の食事の型は、長い間「一汁一菜」にあった。
それは単なる食事の話ではなく、日本人としての生き方や文化を象徴するほどの深い意味をもっている、そこにもう一度立ち返ってみませんか、という「提案」を土井先生はしておられるように思います。

読みながら、母方の田舎である島根の実家のことが、しきりに思い出されました。
80代になる伯父と伯母がいまも米や野菜を作る農家です。
あの家で出ていた料理が、まさにそんな感じでした。
数年前に家族で訪ねたときにも、おやつとして里芋の煮っ転がしが出され、子どもたちが「おいしい!」と歓声をあげました。

島根の家で田んぼの風に吹かれていると、人間としての本来のリズムに引き戻される気がします。
本書を読みながら、それと同じ感覚が甦ったのは、けっして偶然ではないでしょう。

<これからも、しなやかで美しい日本らしさを失わずにいたいと思います。では、どうすればそれを失わずにいられるか。私は、暮らしの中に、情緒を豊かにして維持する仕組みを持つことだと考えます。暮らしの基本をもつことです。そしてそれには、暮らしの要となる食事に、和食の型をもつことが大切だと思うのです>(143頁)

さっそくわが家でも、妻が「一汁一菜」を実践し始めました。
まず夕食時に漂ってくる香りが、めちゃくちゃ美味しいそうな、懐かしい香りに変わりました。
妻は、「これだったら無理なくできる!」と喜んでいます。
私は、連休中にきつくなったベルトが緩みました。

「一汁一菜」は、心身ともに健康にしてくれるような予感がしているところです。

カテゴリー: 健康法, 書評
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